第158回 王最版深夜の一本勝負
お題「暗転」
(ここか?)
少し古びたビルを見上げる。人通りもなければ、人の気配もない。
もう一度、昨日王馬くんから来たメッセージを確認する。ここで間違いなさそうだった。
(まったく、僕だって暇じゃないんだけど)
思わず、ため息が漏れる。昨日まで仕事だったため、疲れが抜け切っていない。
しかも、昨日までやっていた依頼は、お世辞にもいい案件とは言えなかった。コロコロ変わる証言、口うるさい依頼人。無理やり終わらせたから、今日は本当なら家で寝ていたかった。
(……王馬くん、元気かな)
スライド式の扉に手をかける。鍵はかかっていなさそうだ。
(……黒板消しは、……設置されていないみたいだな)
用心しながら、ビルに入る。少し埃をかぶった机が数点放置されていた。
どうやら、ここは昔、事務所にでも使われていたようだった。
「……王馬くん? どこにいるの?」
あたりを見渡すが、人の影はない。
(どうしようかな)
何かメモ書きがあるかもしれない。
探索でもしようと考えた瞬間、明かりが消えた。
「は?」
いきなりの暗闇にも驚いたが、何よりも周囲のものが移動している気配に驚いた。ガタガタと鳴る音をがとても気になるが、一寸先も見えない状態では下手に動くことができない。
やがて、移動音が止まると再び明かりが点いた。
「最原ちゃーん&最原ちゃーん! 楽しいDICEの時間だよー!」
「…………うわぁ」
目の前には、移動式の階段に乗って両手を天にあげる王馬くんがいた。
「何やってるの、王馬くん」
「何って、最近の最原ちゃんつまんなそうだったから、一肌脱いであげようと思ってね」
「一肌、って」
思わず視線が横にズレる。明かりが消える前と今で変わったのは王馬くんの登場だけではない。
机はベッドに変わっていたし、明かりも白からピンクになっている。
「ねえ、最原ちゃん。ベッドの中で行う運動には、ストレスを減らす効果があるんだってさ。ストレスMAXな最原ちゃんは、そういうことしたいでしょ?」
「僕は、別にそんなつもりじゃ」
嘘だった。
わざわざ王馬くんに会いに来たのは、少しは期待していたからだ。疲れていても、恋人の顔を見たいのは、当然じゃないか。
「にしし、最原ちゃん。オレは嘘が嫌いなんだよ? もっと素直になりなよ」
「ぼ、僕は、えっ、あ、うわっ」
僕は、いつの間にか近くまで来ていた王馬くんによって、ベッドに倒された。
「ほら、最原ちゃん。オレがキミを甘やかしてあげる。これは嘘じゃないよ」
「あっ」
王馬くんの顔が近づいてくる。僕は、抗うこともせず、ゆっくりと目蓋を閉じた。
暗転。きっと、この目を開いた時、また世界が変わっているだろう。
(作成日:2020.02.09)