上弦の月

第157回 王最版深夜の一本勝負
お題「冷え性」

「最原ちゃん!」
「うわっ!」

 首に冷たいものが当てられた。驚いて、思わず首にあてられていたものを振り解く。
 その勢いのまま振り返ると、手をひらひらと振る王馬くんが目に入った。

「な、何するの、王馬くん」
「にしし。いやー、オレってば冷え性だからさー。必然的にあたたかいものを求めちゃうんだよね。
 今日も指が壊死しそうなほど凍えてたから、思わずあたたかそうな場所に手を添えてみたんだよー」
「だからって、いきなり首に手を当てないでよ」

 体温が下がった首をさする。少しだけだが、熱が元に戻ったみたいだった。
 軽く息を吐き出し、王馬くんを見る。なぜか、王馬くんは僕に向かって手を差し出していた。

「? なに、この手」
「最原ちゃん、手、つなごう!」
「ええっ」
「だって、最原ちゃんの首は使えないわけでしょ? だから手で我慢しようとしてるんじゃん。
 ……はっ、まさか、最原ちゃんはオレと手を繋ぐのはイヤ? そんな、オレの指が凍って砕け落ちてもいいの!?」
「そういうわけじゃないけど、……はぁ」

 王馬くんのマシンガントークに、思わずため息が漏れる。このままの勢いで嘘泣きされても困る。
 僕はしぶしぶ王馬くんに向かって手を差し出した。王馬くんは嬉しそうに笑いながら、僕の手に触れる。

「にしし」
「…………」

 掌から、じんわりと王馬くんの体温が伝わってくる。
 冷たかった王馬くんの手は、時間とともに僕よりも温かくなった。

(嘘つき)

 王馬くんが冷え性なんて嘘だ。
 王馬くんの手には何度となく触れている。その手は、いつだって僕よりあたたかかった。
 先ほど、王馬くんの手は確かに冷たかったけれど、それは意図的に作られたものだ。わずかに濡れた感触から、冷たい水で手を洗ったのかもしれない。

「最原ちゃん、あったかいね」
「……うん、そうだね」
「どうせなら、オレの部屋でもっとあたたかいことしない? あ、最原ちゃんの部屋でもいいよ」
「調子に乗らないで」
「調子に乗るって何を? オレは一緒に鍋でも食べない?って言っただけなのにさー。
 最原ちゃんってば、何かいやらしいことでも考えちゃった?」
「っ、別に何も考えてなんかないからな!」

 王馬くんに手を引かれて歩く。
 この後、どこに行くのか、本当に鍋をするだけなのか。頭の中がぐちゃぐちゃになって、思わず王馬くんの手を強く握りしめた。



(作成日:2020.02.02)

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