上弦の月

第153回 王最版深夜の一本勝負
お題「マスク」

「また、何をしたの?」
「人の顔見て、真っ先に疑うなんてひどくない?」

 王馬くんは部屋に入ってきたときと同じように、勝手にベッドに陣取る。僕はその間、じっと王馬くんの顔を見ていた。
 いや、顔、というより、王馬くんがつけているマスクを、だ。

(何だろう、あの×マーク)

 王馬くんがつけているマスクには、大きく赤い×マークが描かれていた。
 クイズ番組で、回答権がない人がつけるようなマスクだ。

「……王馬くん、花粉症?」
「あはっ、最原ちゃんってば冗談が好きだねー。まったく…………」
「……うん?」

 王馬くんの後半の言葉が聞こえなかった。

「王馬くん、今、何て?」
「だから、…………………。あー」

 王馬くんがため息をつく。かなり珍しい。

「あのクソビッチちゃんに、この変なマスクつけられたんだよ。なんでも、〝嘘が聞こえなくなるマスク〟だってさ」
「ああ、入間さん」
「このマスク、あと五時間は取れないらしくてさー。これだと、オレのアイデンティティの崩壊だよぉおおおぉぉぉ」

(嘘が聞こえないマスク、か)

 王馬くんの泣き声をBGMに、しばし考える。
 嘘が聞こえないということは、本当のことは聞こえるということだ。もしかして、今なら、心理戦などせずに王馬くんの本音が聞けるかもしれない。

(たとえば、王馬くんが僕のことをどう思っているか、とか)

 一応、恋人ではあるけれど、軽く告げられる言葉のどこからどこまでが本音かは分からない。
 推測はできるけど、それも嘘かもしれない。

(いや、まあ、信用していないってわけじゃないけど、念のためっていうか)

 王馬くんを横目で見る。
 いつの間にか、王馬くんは泣き止んでいた。

「うん? 最原ちゃん、どうかした?」
「あの、王馬くん。王馬くんは、僕のこと、……えっと」
「ふーん? なになに、最原ちゃんってば、オレから何を聞きたいのかなー?」

 王馬くんは楽しそうに、僕の顔をのぞきこんでくる。
 これは、僕が何を聞きたいか分かっててからかっている態度だ。

「そうだなー、今嘘つけないし、最原ちゃんがオレにキスしてくれたら、最原ちゃんが聞きたいこと教えてあげてもいいよ!」

(キスしたら、教えてくれる)

 頭の中で、その言葉がめぐる。
 僕は、思わず、マスクの上からキスした。唇に布の乾いた感触とわずかな柔らかさを感じる。

「あ、いや、あの、今のは」
「…………」
「王馬くん?」
「最原ちゃん、もう一回! あー、くっそ、このマスク、邪魔!」
「うわあ」

 僕が座ってた椅子に二人分の体重がかかる。
 抱きつかれているのか、抱きしめられているのか、よく分からない。

「マスク取れたらもう一回ね、最原ちゃん」
「な、何だよ、それ」

 この反応だけで、僕の聞きたかったことは分かった気がした。
 僕は、ゆっくりと王馬くんの背に腕を回す。続きはきっと五時間後くらいに。



(作成日:2020.01.05)

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