上弦の月

第151回 王最版深夜の一本勝負
お題「線路」

 吐いた息が白く霞む。陽が落ちるのもだいぶ早くなった。もうあと少しで、一年が終わる。

「いやー、今年も早かったねー。今日寝るともう正月なんだもんなー」
「お正月まで、あと一週間はあるから」

 いつものように王馬くんと他愛ない会話をする。それも今年は今日で最後だ。

(明日から、冬休みか)

 気温のせいか、胸のあたりが少し寒い。思わず、手に息を吐きかけた。

「ここまででいいよ」
「え?」

 王馬くんの言葉に思わず足を止めた。王馬くん自身はそのまま歩き続け、踏み切りの向こうに立った。

(踏み切り、こんなところまで来ていたのか)

 今日は王馬くんが秘密結社に向かうということで、いつもと違う道をついてきた。止められなければ、どこまで行ったのだろう。
「もう最原ちゃんってばどこまでついてくる気だったの? 見送ってくれるのは嬉しいけど、最原ちゃんだからって悪の秘密結社のアジトは教えられないよ。
 オレのベッドの中まで見送る覚悟ができたなら、案内してあげてもいいけど」
「なに、バカなこと言ってるんだよ」

 警報が鳴り始める。遮断棒が目の前でおりた。

「……ねえ、最原ちゃん」

 王馬くんの口が開く。何か言葉が聞こえるよりも早く、目の前を電車が通り過ぎた。

「え?」

 王馬くんの声の代わりに、モーター音が耳に入る。耳をすませてみても、電車の音ばかりで、王馬くんの声は何も聞こえなかった。
 やがて、警報音が止まった。

「じゃあね」

 王馬くんは、手を振って僕に背を向けた。王馬くんが、行ってしまう。

「待って」

 勢いよく、足を踏み出す。身体が遮断棒にぶつかった。
 わずかな痛みを感じながらも、遮断棒があがりきるのを待つことができず、身体をくぐらせながら線路をわたった。

「王馬くんっ」

 僕は、王馬くんの腕をつかんだ。

「最原ちゃん?」
「さっき、何て言ったの?」
「さっき?」

 王馬くんは、瞬きを繰り返す。
 少しして、僕が言ったことが分かったのか、王馬くんの口が綺麗な弧を描いた。

「にしし。そこは、探偵さんが当ててくれないの?」
「それは、だって、何も聞こえなかったし」
「ふーん」

 王馬くんが、僕の腕を掴みかえしてきた。

「じゃあ、最原ちゃんの推理ショーはオレの部屋でってことでいいかな。ヒントもたくさん出してあげる!
 だから、あたたかいベッドの中で答え合わせしよっか」

 王馬くんは、僕をどこかへ引っ張っていく。
 僕は、つかまれた手を振り解くことができず、そのままついていくことしかできなかった。



(作成日:2019.12.22)

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