上弦の月

第14回 深夜の王最小説60分一本勝負 お題「働く」
僕の永久就職先

「あのさ……」
顔に紙が張り付いた状態のまま、最原は声を出した。
息で紙が湿ってしまったせいか呼吸がしづらい。

「なに? オレは最原ちゃんがイエスっていうまではここから離れないから!」
「何に対してのイエスなの?」
「もちろんこの紙に書いてある、あ、ちょ、最原ちゃん、破れるって、あああ!」

王馬くんの手をおさえて、顔に押し付けられていた紙を引き抜く。
……少し破れた音がした気はするが気にしない。

「えっと……『君もDICEで働こう。応募条件は超高校級の探偵の男性。業務はDICE総統のお世』……」
「ほら、はやく、最原ちゃん、イエス! イエスだよイエス!」

目の前から狂ったようにイエス連呼が聞こえる。
僕はそれらの言葉をまるっと無視すると紙を机の上に置いた。

「最原ちゃん、オレと一緒に犯罪ライフを送ろうよ!
 永久就職間違いなし! ぜーったい楽しいよ! 損はさせないからさ」
「探偵に犯罪を勧めるのはやめてほしいんだけど」

僕は呆れつつソファに座り、読みかけだった推理小説を手に取った。
あとを追いかけてきた王馬くんは後ろから首に抱き着いてくる。

「最原ちゃんのDICEでのお仕事は朝はオレを優しく起こして、昼はオレと楽しくランチして、夜はオレと激しく遊ぶことなんだよ。
 なんて素晴らしい仕事環境!
 最原ちゃんも心安らかに働けると思うんだけどなぁ」
(ぜんぜん心穏やかになれる気がしないよ)

反応すると調子に乗るので心の中で突っ込みを入れる。
気にしていないということをアピールするため、頭に入っていない小説のページを繰る。

「ちょっと最原ちゃん、聞いてるの?!」
「…………」
「っ、最原ちゃん、それでもオレの恋人なの!?」
「そうだけど」
「え」

僕が素直に答えると王馬くんが真顔で固まった。
何だよ、その反応。

「なに? 僕が恋人だと不満?」
「いや、全然」

首にかかっている腕にわずかに力が入った気がした。
僕は持っていた本も机に置く。

「……ねぇ、最原ちゃん。 オレと激しい遊びしない?」
「夜にはほど遠い時間ですよ、総統さん」
「キミはDICEに就職してないでしょ、探偵さん」

息がかかるほどに近い位置に王馬くんの顔がある。
じっと見てはいられなくて、視界からキミを隠すようにまぶたをゆっくりと下ろした。

(探偵じゃない僕の永久就職先はキミの傍だってこと……わかってないんだろうな)

僕は、王馬くんに聞こえないように心の中でそっと呟いた。



(作成日:2017.10.05)

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