上弦の月

第145回 王最版深夜の一本勝負
お題「勘違い」

(おそらく、ここら辺)

 走り回ってたどり着いた大きな木の前。木の根元には、王馬くんの物が散乱しているが、肝心の持ち主の姿が見えない。

(集めた証言から推測できる場所は、もうここくらいしかないんだけど)

 あたりを見渡す。ふと、見上げると、白い制服を着た男子生徒が枝に乗っているのが見えた。

「お、王馬くん!」
「え?」

 王馬くんが僕の声に驚いて、手に持っていたものを落とした。白い袋は地面に落ち、破裂して灰色の粉をあたりにふりまく。
 思わず、手で顔を庇うが、粉は腕をすり抜けて僕の目や口に入ってきた。

「な、なにこれ。げほっ、ごほっ」

 粉のせいで目や鼻は痛いし、口の中はからい。これは、コショウか?

「最原ちゃん、間悪すぎだって」
「な、何して、ごほっ」
「ビッチちゃんのためにコショウ爆弾作ってたんだよ。どれだけの塵をあびても、ロボットが動けることの証明をするためだってさ。ああ、ほら、最原ちゃん、顔見せて」

 滲む視界の中、ぼんやりと紫色が見えた。目じりを指先がなぞっていく。どうやら、王馬くんは僕の顔を覗き込んでいるようだ。

「痛い?」
「すこし」

 瞬きを繰り返すと、じょじょに視界がクリアになっていった。王馬くんの姿も鮮明になっていく。

(なんだか、王馬くん、真面目な顔してる)

 あまり見たことのない珍しい表情に、僕の心臓がはねる。
 日が映り込んで光る綺麗な瞳や、薄い唇が目についた。黙っていたら、イケメンに数えられると思う。

「最原くん。王馬くん、見つかった?」

 赤松さんが聞こえる。声の方にふり向こうとしたが、なぜか僕の頬を王馬くんが押さえた。

「王馬くん?」
「あっ」

 赤松さんの足音が止まった。

「えーっと、お邪魔みたいだね。ごゆっくりー」

(お邪魔、って、何が?)

 足音がじょじょに遠ざかっていく。ここにいるのは僕と王馬くんだけだし、赤松さんが遠慮をする理由が分からない。

「……にしし」
「うん?」

 目の前から、楽しそうな笑い声が聞こえた。……嫌な予感がする。

「最原ちゃーん。もうここには誰もいないから恥ずかしがらなくていいよ。ほ、ら、愛しのオレをもっとじーっくり見て!」

 王馬くんの態度で、赤松さんが何を勘違いしていたのか気づいた。
 事情を知らない人にとっては、僕たちは見つめ合っているように見えたということだ。

「み、見ない。見ないから」
「うん? 最原ちゃんは何をそんなに必死に否定するのかな?
 もしかして、本当にオレのことじっくり見てた? にしし、じゃあ、もっとオレのことだけ考えていいんだよ! ほら、ほら!」
「違う、見てない。違うから!」

 羞恥で目頭が熱くなる。先ほどとは違う理由で視界がぼやける。
 大きな木の下で、楽しそうに笑う悪魔の声がいつまでもこだましていた。



(作成日:2019.11.10)

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