上弦の月

第144回 王最版深夜の一本勝負
お題「文化祭」

 学園という場所は日常的であるはずなのに、今日という日はとても非日常的だった。
 学生服にまぎれて、男性を追う。気づかれないように注意しながら、スマートフォンを取り出す。画面に、男性が映った。

(……来た)

 反射的に録画ボタンを押す。画面の中では、この学園の制服を着た女性が男性に近づく様子が映っていた。
 そのまま、女生徒は男性に腕を絡ませ、二人でどこかへ消えていく。……これで今日の調査は完了だ。

「最原ちゃん、あーん」
「え? うぐっ」

 横から伸びてきた手が、僕の口にからあげを刺した。吐き出すこともできず、そのまま咀嚼する。

「このからあげ、五個入で二百円だってさ。からあげニストのオレからすると、このクオリティで二百円も取るなんて詐欺に等しいね。絶対、近場の業務スーパーで買ったやつ揚げただけだって」
「っ、何だよ、からあげニストって」

 希望が峰ならともかく、普通の高校の文化祭で、味のクオリティを求めるのはどうかと思う。

「で、最原ちゃんは、お仕事終わった?」
「うん、そうだね」

 先ほどの状況が撮れているか、スマートフォンを軽く操作する。うん、問題ない。
 今日は浮気調査のために、とある高校の文化祭に来ていた。ターゲットは、この学園の女生徒と関係を持っている。そう聞いてはいたが、ここまで堂々と会っているとは思わなかった。
 ちなみに、王馬くんは勝手についてきた。

「お仕事終わったなら、最原ちゃんは今からフリーだよね。せっかくのイベントなんだし、楽しもうよ。
 最原ちゃんは、どこ行きたい?」
「えっ」

 帰る気満々だった僕は、王馬くんのセリフに目を見開いた。
 王馬くんは、近くにあったゴミ箱にからあげのカップを放り込むと、僕の腕を掴んだ。

「デスボイスロックバンド観賞? 奇妙に動く触手との将棋大戦? それとも世界各国の虫とたわむれる会なんてどう?」
「ここは、普通の学校なんだから、そんな奇天烈な催しはないよ」
「えー、最原ちゃんってばノリ悪いなー。はい、パンフレット」
「うわっ」

 投げられたパンフレットをギリギリでキャッチする。そのまま、王馬くんに手を引かれて歩き出した。

「ほら、さっさと決めて。時間は有限なんだよ?
 早く決めないと、このままラブアパートまで連れてくから」
「え、えっと」

 王馬くんから渡されたパンフレットを開く。ざっと見た感じ、食べ物屋が多かった。

「ゆっくりできるところなら、どこでもいいかな」
「じゃあ、ラブアパート行っちゃう?」
「それはなしで」

 王馬くんは軽口をたたきながらも、どこかへ連れていってくれるみたいだった。

「ねー、最原ちゃん。これって、デートみたいだよね!」
「デっ!」

 突然、投下されたワードに心臓が驚く。
 視線を彷徨わせていると、腕を掴んでいた王馬くんの手が、いつの間にか僕の手を握っていることに気がついた。
(な、何で)

 自然に繋がれた手を見て、頬が熱くなる。自分でも掴みきれない心臓の動きに爆発してしまいそうだ。

(今日、もつかな……)

 王馬くんとのデートは始まったばかりだ。



(作成日:2019.11.03)

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