上弦の月

第135回 王最版深夜の一本勝負
お題「動揺」

図書室から自分の部屋に戻ると、ベッドの上に誰かが乗っていた。見覚えのある白い制服を見て、思わずため息をつく。

「……王馬くん」

 ベッドに陣取っている人物の肩をたたく。僕の呼びかけに、王馬くんは安らかな寝息を返してきた。

「まったく」

 借りてきた本を机の上に置き、上着をハンガーにかける。再びベッドに戻り、顔をのぞきこんでみる。

(本当に寝てる……)

 勝手にベッドに侵入されたことは数あれど、寝顔を見たのは初めてだと思う。

「王馬くん」

 小さい声で名前を呼んでみた。王馬くんは身じろぎさえしない。

(少しくらいなら、大丈夫かな)

 僕は、王馬くんの寝顔を観察してみることにした。こうやって見ると、王馬くんは幼い顔をしている。

(寝顔だけだと、人畜無害そうなのにな)

 普段はうるさいし、悪戯もよくしてくるし、夜だって……。

「っ!」

 うっかり先日の情事を思い出して、顔に熱がのぼる。目の前の王馬くんと、暗い部屋で見た王馬くんの姿が重なった。

(キス、したい)

 思わず、唾を飲み込む。僕と王馬くんは恋人同士だ。だから、少しくらいなら許されるはず。
 僕は、ゆっくりと王馬くんに顔を寄せ、――頬にキスをした。
 顔が熱い。鳴り響く胸を押さえながら身体を起こすと、紫色の瞳と目があった。

「…………え?」
「にしし、最原ちゃん、おはよう」
「お、おは、っんん!」

 挨拶を返す間もなく唇を塞がれた。いきなりの展開についていけず、王馬くんの好き放題にやられてしまう。

「ま、まっ、な、何して」
「何って、最原ちゃんがいたから、おはようのチューに決まってるじゃん。それとも、もしかして、もっと凄いの期待した?」
「き、期待なんかしてない」
「だよねー、最原ちゃんはほっぺただけで満足だもんね?」
「ぐっ」

 先ほどの奇行を言及されると苦しい。僕はなぜあんな事をしてしまったのか。

「あ、あれは、一種の出来心というか」
「出来心、ねー。じゃあ、最原ちゃんはオレとキスするの嫌い?」
「え?」

 王馬くんが、僕の頬に手を置いて、まっすぐ見つめてくる。

「オレは最原ちゃんともう一回キスしたいなー」
「お、王馬くん」

 心臓が嫌な音を立てる。期待なのか不安なのか、よくわからずまた唾を飲み込んだ。

「ほら、目閉じて」

 僕は王馬くんに言われるまま、震える瞼をゆっくりと降ろした。



(作成日:2019.09.01)

< NOVELへ戻る

上弦の月