上弦の月

第134回 王最版深夜の一本勝負
お題「熱帯夜」

(暑い)

 息苦しさに目を開けた。頬を汗が伝っていく。
 まばたきをして、目元の汗を落とすと、窓を見た。カーテンが開きっぱなしになっており、その向こうに夜空が見える。

(ああ、寝てたのか)

 今日は、猫探しで日中歩き通しだったから、家に着いた途端寝てしまったみたいだ。ベッドに移動した記憶はないけれど、そういうことだと思う。

(それにしても暑いな)

 まだ、八月を折り返したばかりだ。気温はまだ下がらない。
 とりあえず、エアコンのリモコンを探して手を伸ばす。ふと、身体に巻きつく違和感に気付いた。背中に誰かいる。

「……これは」

 鍵をかけた部屋、しかもベッドの中に勝手に入ってくる人物は一人しかいない。
 僕は腹に回っている腕を叩く。一回、二回、十回……。

「王馬くん起きてるんでしょ、離して」
「うーん」

 背中から聞き覚えのある声がする。王馬くんの反応を少し待ってみる。足に王馬くんの足が巻きついてきた。

「ちょっ、と、暑い!」
「あー、最原ちゃん、暑いの?」
「そうだけど、って」

 王馬くんの手が動いて、僕のシャツのボタンを捕らえた。そのままボタンをはずそうとしてきたので、腕を掴む。

「何するの!」
「え、だって、最原ちゃん、暑いんでしょ? 涼しくなるように脱がしてあげようってオレの親切心じゃん!」
「そんな親切心いらない」

 しばらく小さな攻防戦を繰り広げたが、暑さに息が上がってきた。

「王馬くん、も、やめて」
「……ふー」

 王馬くんはボタンを諦めて再度僕の腹に腕を回すと、背中に顔をぐりぐりと擦り付けてきた。暑い。

「王馬くん、暑いから離れて」
「えー、床の上でグースカ寝てた子を、優しくベッドに運んであげた恋人をそうやって邪険にするんだー。へえー」
「あ、そうなんだ」

 それは悪いことをしてしまった。でも、首元を流れる汗は無視できない。やっぱり暑い。

「……最原ちゃんってば、堪え性がないなー。仕方ない」

 ピッと音がしてエアコンが動く音がした。冷たい風が頬を撫でる。

「涼しい」
「そうでしょ? じゃあ、涼しい中でオレと熱い夜を」
「おやすみ」
「えっ」

 涼しくなった部屋と日中の疲れ、そして適度な体温に急速に眠気が戻ってきた。心地いい声が遠くから聞こえる。

「最原ちゃん、最原ちゃーん! くっそ、起きたら覚えとけよ」



(作成日:2019.08.25)

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