上弦の月

第133回 王最版深夜の一本勝負
お題「プール」

「最原ちゃん、おはよう。 プール行くよ、プール」
「…………え?」

 そう言われて、王馬くんにたたき起こされた。いつもより早い起床に、まだ軽く頭がふわふわする。
「ねー、王馬くん。マンションに見えるけど」

「ここにプールがあるんだよ。ただ、ここのプールは会員制なんだよねー」
「へぇ」

 目の前で、王馬くんがカードキーを使ってマンションの入り口を開けた。

「ここの最上階だよ、最原ちゃん」
「うん」

 僕は、王馬くんについていく。エレベーターで最上階にあがり、唯一あった扉に入った。

(誰もいない)

 あたりを見渡す。受付も他の客もいない。ぱっと見は、ちょっと家賃が高そうな普通の部屋だ。
 不思議に思いながら観察していると王馬くんに腕を引っ張られた。

「さあさあ、更衣室はこっちだよ」
「ちょ、ちょっと」

 王馬くんに引っ張られて、奥にあった部屋に入った。そこは、風呂場にあるような簡易更衣室だった。ここにも他の人はいない。
 王馬くんは、下に水着を着ていたらしく、さっさと服を脱ぐと入ってきたのと逆の扉を開けた。

「じゃあ、最原ちゃん。先にプール行ってるから。早く来ないと、オレが最原ちゃんの服脱がしちゃうからね」
「はいはい」

 王馬くんを見送って、自分の着替えを出す。じょじょに頭の中がクリアになってきたところで、疑問が湧き上がってきた。

(本当にプールはあるのか?)

 もしかしたら、僕を驚かせるための嘘かもしれない。だが、ここまで来てしまった。たとえ、嘘でも突っ込める心づもりをしておこう。着替えもできたことだし、覚悟を決めて扉を開く。

「最原ちゃん! ……サングラスにアロハシャツって、どこのワイハに行くつもりなの?」
「普通の格好だろ」

 あたりを見渡す。プールがある。才囚学園のプールと同じぐらいだろうか。当初、想像していたよりも狭いしシンプルだ。
 それと、

「誰もいないんだけど」
「そりゃそうでしょ。ここは、DICE専用のプールだからねー」
「へー、……え?」

 王馬くんを見る。王馬くんは、ビーチボールにもたれかかりながら、器用にプールに浮いていた。

「今日はメンバーが誰も使用しないから、オレと最原ちゃんの貸し切り! というわけで、なにする? ここなら、あーんなことやこーんなこともできるよ」
「何言ってるんだよ」

 僕は、プールサイドに座ると、足をプールに浸した。冷たくて気持ちいい。そんな僕のところに、浮かんだ王馬くんがふらっと寄ってきた。

「王馬くん?」
「えいっ!」
「うわぁ」

 王馬くんに腕を引っ張られて、プールに落ちた。おかげでサングラスは吹っ飛び、シャツが濡れた。

「おうまくん……」
「にしし。よっ、水も滴るいい男ぶっ」

 王馬くんに向かって、勢いよく水をかけた。水の粒は、綺麗に王馬くんの顔にかかった。

「……最原ちゃん、やったな!」
「うわっ、僕だって負けない!」

 気がつけば二人で水の掛け合いをしていた。しばらくして、体力がなくなった僕の方が先に根を上げた。

「た、タイム。うわっ、ぐしょぐしょ」

 息を荒げながらプールサイドにあがると、シャツから水が滴り落ちた。シャツの意味をなさなくなったアロハを脱ぐ。

「最原ちゃん、シャツないと日焼けしちゃうでしょ? オレが、念入りに日焼け止め塗ってあげるよ!」
「いや、自分で塗るから、ちょっ、どこ、触ってるんだよ!」

 いつのまにかプールサイドに来ていた王馬くんが僕の腹に手を回してくる。

「にしし、いやー、楽しいね。最原ちゃん」

 王馬くんが満面の笑みを僕に向けてくる。その顔を見て、胸の奥が熱くなった。

「……うん、そうだね」
「じゃあ、最原ちゃん。日焼け止め塗るよー。まずは、トレンドマークのお尻から」
「だから、自分で塗るから!!」

 僕は、胸のあたりを押さえながら、王馬くんから日焼け止めを取り上げた。



(作成日:2019.08.18)

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