上弦の月

第132回 王最版深夜の一本勝負
お題「ルール」

『最原ちゃん、ゲームをしよう』



 紅鮭団に巻き込まれて、三日目くらいだっただろうか。王馬くんから一つのゲームを提案された。
 提示されたルールはたった一つ。王馬くんが言う特定のキーワードを同じように返すこと。一分以内に返せなければ、僕の負け。

「最原ちゃん、約束の時間ギリギリだよ! 折角のデートだってのに寝坊したんでしょ? ま、そんな最原ちゃんのことも愛してるけどね」
「ああ、僕も愛してるよ。あと、今日は寝坊してない」
「ふーん」

 忌憚なくキーワードを返した僕に、王馬くんはつまらなさそうな表情を浮かべる。“愛してる”。それが、この簡単なゲームのキーワードだ。

(あと、何日だっけ)

 王馬くんの後ろを歩きながら、ふと考える。こんなことを続けていて、本当に卒業できるんだろうか。

(卒業するなら、王馬くんと、かな)

 こんなふざけたゲームを続けるくらいには、ずっと一緒にいた。だけど、卒業条件を満たしているのかが分からない。

「最原ちゃん、聞いてる?」
「え、あ、ごめん。何だっけ?」
「もう、今日はプァンタと烏龍茶を混ぜてみて、どういう化学反応を起こすのか見るって言ったじゃん! ほら、烏龍茶」
「う、うん」

 僕が持った烏龍茶に、王馬くんは楽しそうに紫色の液体を流し込む。名状しがたい飲み物が出来上がりそうだ。

(そもそも僕は王馬くんのことをどう思ってるんだろう?)

 小さくてうるさい。嘘つき。あとは、

『最原ちゃん、ちょー愛してる』

 毎日注ぎ込まれる嘘が頭をよぎる。胸の奥がざわめく。この気持ちは何だろう。

(たまには僕から、ゲームを仕掛けてもいいかな)

 ルールは簡単だ。ただ、一言、言えばいいだけ。

「うんうん、なかなかいい色になったね! でも、もうちょっと刺激が欲しいと思わない? ……最原ちゃん?」
「王馬くん」

 王馬くんの耳に口を寄せる。

「愛してるよ」

 ただ、一言、告げた。
 王馬くんの耳から口を離す。てっきりすぐに返されるかと思ったのに、王馬くんから何も反応がない。

「あ、あの」
「最原ちゃん」
「え? うわっ」

 王馬くんに手を引っ張られた。予想外の行動に、僕は持っていたものを落とす。そのまま、引きずられて、食堂から男子トイレにまで移動した。
 二人で個室に入ると、王馬くんは両手で僕の頬を包んできた。真顔で真っ直ぐ見つめられると、顔に熱がのぼってきそうだ。

「王馬、くん?」
「最原ちゃん、愛してる」
「っ」

 低く掠れた声が耳に届く。今までに聞いたことのない声色に、腰のあたりが痺れた。

「ほら、最原ちゃん。ルール覚えてるでしょ。早く言わないと、最原ちゃんの負けだよ」
「あ、あい、してる」
「うん、オレも愛してるよ」

 一つ言葉を発するたびに、顔の距離が近くなる。唇同士が触れるか触れないかの距離になると、たった一言を出すのが苦しくなってきた。

「あ、あいし、」
「……一分経ったね」
「あ」
「にしし、ルール破っちゃった最原ちゃんには罰ゲーム。……ねー、オレの部屋に行こうか」

 王馬くんの誘い文句に、僕は無言で頷いた。きっと、この後、僕が王馬くんのことをどう想っているか、形になりそうな気がした。



(作成日:2019.08.11)

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