第131回 王最版深夜の一本勝負
お題「マーキング」
(……かゆい)
腕に目をやると、肌が赤く膨れているのが見えた。蚊に噛まれたようだ。
持っていた小説を閉じる。放っておくと、無意識に掻いてしまうかもしれない。薬箱を探して部屋を見渡すと、床に座ってゲームをしていた王馬くんと目が合った。
「あらら、最原ちゃんってば、蚊に噛まれちゃったの?」
「そうなんだ」
「ふーん」
王馬くんは、薬箱を持つと僕の側まで寄ってきた。そして、僕の目の前で手を叩く。
「……えっと?」
「最原ちゃんを噛んだ蚊はオレが退治した!」
「いや、掌に何もいないじゃないか」
「にしし、後で一緒に蚊取り線香でも買いにいこうね」
王馬くんはそう言って僕の腕を取る。
そのまま薬を塗ってくれるのかと静観していると、虫さされに吸いつかれた。肌を舐める舌の感触に、思わず熱が上がる。
「え、ちょ、ちょっと、王馬くん」
「んー?」
腕を引く僕を無視して、王馬くんは吸い続ける。しばらくすると気が済んだのか、ちゅっ、と音を立てて、口が離れていった。
蚊に噛まれた跡はさらに赤く染まり、王馬くんの唾液でぬらぬらと光る。
「な、何してるの」
「不埒な蚊の跡を上書きしてただけだよ。だって、最原ちゃんにマーキングしていいのは、オレだけなのに」
「蚊と張り合うなんておかしいって、だから、待って」
王馬くんは僕のシャツに手をかけると、手際よくボタンをはずしていく。そして、そのまま露わになった肩に勢いよく噛み付いてきた。
「いっ、」
本気で噛んでいるわけじゃないと分かっていても、わずかな痛みがあることには変わらない。僕は、腹いせに王馬くんの腕に爪を立てた。
「ほら、最原ちゃん。蚊よりもオレの方が綺麗に跡をつけられたよ」
肩を見下ろすと、綺麗な歯型が刻まれていた。王馬くんは、その跡を嬉しそうに指でなぞっていく。そんなことをされると、たまらなくなる。
恥ずかしくなって、先程僕が爪を立てた場所へ視線をうつした。
(……あと、つかなかった)
王馬くんの腕は、わずかに赤くなっているだけだった。何だか、くやしい。
僕は、王馬くんの首に腕を回すと、その肌に噛み付いた。
(作成日:2019.08.04)