上弦の月

第130回 王最版深夜の一本勝負
お題「求愛」

「あの、王馬くん」

 腰に回された手に手を添える。背中に感じる体温は微動だにしない。

(どうしよう……)

 床にあぐらをかいた王馬くんの上に座らせられてから、結構な時間が経っていた。何回か王馬くんに声をかけてみたけれど、何も返事が返ってこない。
 このままの体勢でいるのも気恥ずかしくなってきたとき、やっと王馬くんが口を開いた。

「……最原ちゃんは、どうしてあんなことしちゃったの?」
「うん?」

 わけが分からず、後ろを振り返る。王馬くんのつむじが見えた。

「あんなこと、って、何のこと?」
「ほら、この間、一緒に撮影したじゃん」

 撮影と聞いて、先週の出来事を思い出す。あれは、才囚学園の企画に参加したときの話だ。
 その企画の一つで、僕と王馬くんの二人で写真撮影を行ったのだ。
 確か、スタッフさんに『好きなポーズで』と言われて、混乱した僕は片膝ついた姿勢になったっけ。

「あの撮影で、僕、何かした?」
「思いっきりしたよ! 何であんなポーズ取っちゃうかなー」
「えっ」

 あのポーズが、何かまずかった?
 確かに一般的な姿勢ではなかったかもしれないけれど……。

(犯人を指差すような姿勢の方が良かった、ってことかな?)

「オレが先にポーズとってたよね。なら、最原ちゃんはオレに合わせたポーズを取るべきじゃない?
 ほら、今みたいにオレの上に座るとか、オレの後ろから手を回すとか、オレの肩に頭を乗せるとか色々考えられるでしょ?
 なのに、陰キャみたいな謎ポーズで顔隠してさー。そんなポーズじゃ、超高校級の名が泣くよ!」
「その理屈の意味が分からない!」

 身体をひねって、反転させる。腰に回った手が離れなかったため、王馬くんの上に乗ったまま向かい合う形になった。
 真正面から見た王馬くんは、何故か頬を膨らませている。何がそんなに不満なんだよ。

「最原ちゃんは分かってない」
「だから、何が」
「二人っきりの写真撮影だったんだから、少しはオレの想いに応えてくれてもいいじゃん」
「想い、って」
「いつも言ってるよ? 最原ちゃん、大好き。ねー、オレのことも愛して」
「王馬くん」

 頬に王馬くんの手が触れる。王馬くんは、さっきまで頬を膨らませていたというのに、今は真顔になっていた。
 滅多に見られない表情で真っ直ぐ見つめられると、顔に熱がのぼってくる。

(別に僕も、王馬くんが嫌いなわけじゃ……)

 王馬くんの目を覗き込む。からかっていないか。嘘じゃないか。疑念は、真摯な眼差しに打ち砕かれた
 。だから、僕も王馬くんの背中に手を回そうと、腕をあげる。

「……この体勢、いい」
「は?」

 僕の手は宙で止まった。今、王馬くんは、何を言った?

「にしし、今度このポーズで撮ってもらおう!」
「そんなことするわけないだろ。離して!」

 背中に回そうと思っていた手を王馬くんの肩に置いた。王馬くんから離れようとするが、腰に回った手が邪魔をする。
 そのまま、均衡を崩して二人で床に転がった。

「っ、ちょっと、王馬くん!」
「にしし、最原ちゃん、だーいすき」
「くっ」

 僕は諦めてため息を吐く。今は、このくらいの距離でいいのかもしれない。



(作成日:2019.07.28)

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