上弦の月

第127回 王最版深夜の一本勝負
お題「棺桶」

 息苦しくて目が覚めた。視界は闇に支配されていて、目を瞬かせても景色は変わらない。

(何だ、ここは)

 手を伸ばすと、わずか数十センチで壁にぶつかった。横にも手を伸ばす。左手はすぐに壁、右手には誰かに当たった。

「うん?」

 あたたかい肌を撫でる。耳をすますと、かすかに寝息も聞こえてきた。

(どういうことだ? 僕は、寝る前はいつものように一人でベッドに入った。つまり、誰かにここに移動させられたということだ。しかも、僕以外の人も一緒にこんな狭い場所へ、……もしかして、これは誘拐?)

 もし、そうであれば、ここでじっとしているわけにはいかない。
 僕は、力を込めて目の前の壁を叩いた。音が周りに反響する。自分がいる場所が揺れたことから、ここが箱のようなものだと推測した。

(もう少し、力を込めて、)

「最原ちゃん、何、うるさいんだけど」
「…………」

 振り上げた手をおろした。そして、目の前に手をつくと、王馬くんの方へスライドさせていく。

「んー、なになに、最原ちゃんの方からオレに寄ってきてくれるなんて、構ってほしいのかな?」
「そういうんじゃないよ。ちょっと、どこ触ってるんだよ」

 隣から伸びた手が、僕の服の下に侵入してきた。とりあえず、叩いておく。

「最原ちゃん、痛い」
「全面的に王馬くんが悪い」
「えー、ひどいよ! こんなにどこからどう見ても善良なオレのことを悪だなんて、失礼しちゃうなー」

 僕は王馬くんを無視して壁を探る。しばらくすると、スイッチのようなものが指先に触れた。僕は、間髪入れずにスイッチを押す。

「っ!」

 箱が開いた。いきなり入ってきた光が目をさしていく。
 現状を確認しようと、自分が入っていたものを見下ろす。箱、というか、この吸血鬼あたりが入ってそうなものは、

「……棺桶?」

 なぜ、こんなものを? 僕は、王馬くんを見る。ことの元凶は、子どものように頬を膨らませて僕を睨んでいた。

「王馬くん、何で寝ている僕をこの中に?」
「だって、海の近い教会の中で、病める時も健やかなる時も一緒の棺桶に入るって約束したじゃない」
「そんな約束をした覚えはない! うわっ」

 王馬くんが僕に抱きついてきた。僕は、その勢いを殺せず、ふたたび棺桶の中に横になる。

「最原ちゃん、そんなに細かいことを気にしちゃダメだって。今日は一日お休みなんでしょ? オレと一緒にゆっくり寝よう」
「……まったく」

 呆れ混じりに息を吐く。少し安心したせいか、急速に眠気が襲ってきた。そういえば、今はいつも起きる時間よりも早いみたいだし、棺桶の中に敷いてある布団も存外に心地いい。
 自然と瞼が落ちていく。

「ねー、最原ちゃん。病める時も健やかなる時も人間やめちゃった時も、オレと一緒の棺に入ってくれる?」
「……考えておくよ」
「にしし、うん、今はそれでいいよ」

 僕の身体に熱が絡みついていく。僕は、王馬くんの手をそのままに夢の世界へ落ちていった。
 おやすみ、王馬くん。棺の中でも良い夢を。



(作成日:2019.07.07)

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