上弦の月

第126回 王最版深夜の一本勝負
お題「お迎え」

 チャイムが鳴った。これで、今日の授業はすべて終わりだ。
 僕ははやる気持ちを抑えながら、教室を出る。明日は休み、そしてこれから王馬くんとデートの予定だった。
 王馬くんとは、恋愛バラエティ番組の『だんがん紅鮭団』で知り合った仲だ。その番組で一緒に卒業して以来、お付き合いというものをさせてもらっている。
 待ち合わせ場所を再度確認しようと、携帯電話を見るとメッセージが入っていた。

(あれ?)

 送り主は、王馬くんだ。まさか、ドタキャン、か? 少し不安になりながら、メッセージを開く。

『最原ちゃん。今日の待ち合わせなんだけど、ちょっと予定外の出来事が発生しちゃってさ。悪いんだけど、校門出たとこで待っててくれない?』

「予定外の出来事?」

 ドタキャンではないことには安心したが、王馬くんに何があったんだろう?
 ふと、前方が何やら騒がしいことに気がついた。顔をあげると、人だかりができている。

(……何だ?)

 とても、嫌な予感がする。
 しばらく見守っていると、校門に横断幕が高々と掲げられた。【熱烈歓迎 最原終一様】。端に市松模様があしらわれた布の真ん中に、僕の名前が見える。

「……ああ」

 こんなことをする人物は、一人しか思いつかなかった。
 人並みを縫って校門まで辿り着くと、予想通り横断幕の中央で仁王立ちする王馬くんが目に入った。

「王馬くん、何やってるの」
「やっほー、最原ちゃん。いやさ、最原ちゃんとデートだって、あいつらにバレちゃってさ。勝手についてきたんだよねー。

 車出してくれるっていうから、じゃあ、最原ちゃん迎えに行こう、ってなったんだよ」
 あいつらというのは、横断幕を掲げてたり、車に乗ってる人たちのことか。僕は軽くため息をつく。

「もう、そんな嫌そうな顔しないでよ。もっと派手にしたいっていうアイツラの要望を、この程度に抑えたんだからさー」
「これ以上って、想像ができない」

 僕を宥めるためか、王馬くんは手を握ってくる。

「キャー!」

(え?)

 いきなり、携帯のシャッター音が響いた。どういうことだ? 女生徒が奇声をあげながら、写真を撮る理由なんてあったか?

(もしかして、王馬くんを撮ってる?)

 王馬くんが、そんなに人気があるなんて知らなかった。だけど、それは、何だか、面白くない。
 僕は、王馬くんの耳に口を寄せる。

「ねぇ、王馬くん。早く二人っきりになりたい」
「っ!」

 瞬間、王馬くんに強く腕を引かれた。僕の身体は、車の一番後ろの座席に収まる。

「よーし、DICEのアジトへレッツゴー!」
「えー、総統、遊園地はー?」
「うるさいなー。最原ちゃん見せてあげたんだから、文句言わずに行く!」

 僕は、王馬くんを見る。DICEのアジトって……王馬くんの、部屋に行けるのか?

「ん? なに、最原ちゃん。二人っきりになりたい、って言ったのは最原ちゃんの方だよ?」
「そうだけど」

 手の甲を指先でなぞられて、甘い期待に身体が熱くなる。熱くなりすぎないように、目的地に着くまで、ゆっくりと目を閉じた。



(作成日:2019.06.30)

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