第125回 王最版深夜の一本勝負
お題「誕生日」「ファーストキス」
「ハッピーバースデーオレ!」
「うん、お誕生日おめでとう」
僕は、王馬くんに誘われて彼の部屋に来ていた。目の前にはショートケーキが二つ並んでいる。
(……夕飯の量を控えめにしてね、ってこういうことか)
二つとも王馬くんが食べる、ということはないだろう。予想通り、片方は、僕の前に差し出された。
「こんな時間に食べると、健康にあまりよくないと思うんだけど」
「なになに、最原ちゃんは女子みたいにダイエットでもしてるの? 最原ちゃんは、尻ばっかり発達してるんだから、もっと甘いものでも食べて上半身も肥やした方がいいよ」
「どういう意味だよ!」
勢いにまかせて、フォークをケーキに突き刺す。ケーキは見た目通り、柔らかくフォークを受け入れた。
(二人っきりだから、少し期待したのに)
付き合いたての恋人の部屋で二人っきり。しかも、今日はその恋人の誕生日。何かあるかもしれないと思ったのに、王馬くんから出てくる言葉はいつもと変わらず色気なんてない。
「あ、最原ちゃん、口にクリームついているよ」
「え?」
王馬くんに指摘されて、口元に手を持っていった。その手を王馬くんに取られる。
不思議に思って前を見ると、目の前に王馬くんの顔が迫っていた。
「王馬く、んっ」
口を柔らかいものに塞がれた。驚いて開いた口の隙間から、熱いものが侵入してくる。甘い。その甘さは、ケーキの甘さなのか、それとも別のものなのか。
「ほら、取れた」
王馬くんの指が、僕の唇をなぞっていく。その感触は、僕を熱くさせるには十分だった。
「王馬く」
「最原ちゃんのクリームも取れたし、ケーキ食べよっか!」
「え?」
王馬くんはそう宣言すると、何事もなかったかのように、ケーキをほおばっていく。先ほどまで艶かしく濡れていた王馬くんの唇は、途端に元に戻ってしまった。
(はじめてだったのに)
普段通りにふるまう王馬くんに、少しいらだつ。僕にあんな事をしておいて、ふざけるな。王馬くんがその気なら、僕だって考えがある。
「王馬くん、口にクリームついてるよ」
「にしし、最原ちゃんってばそんな分かりやすい嘘、ぐっ」
王馬くんの唇に自分のものを押し付けた。唇が震える。先ほどの王馬くんみたいに舌を伸ばそうとして、結局何も出来ず唇を離した。
「ほら、取れた」
「…………」
無表情になった王馬くんから目を逸らす。
(やってしまった)
セカンドキスもロマンスの欠片もないものになってしまった。しかも、唇を押し付けただけなんて、余計に恥ずかしい。
「最原ちゃん。今日ってオレの誕生日なんだよね」
「そ、そうだね」
「オレ、最原ちゃんから誕生日プレゼント欲しいなー」
「プレゼント?」
王馬くんが僕のすぐ隣まで移動してくる。近くで見上げられて、また、心臓が不自然に揺れた。
「日付が変わるまで、最原ちゃんの唇をちょうだい」
そう言って、王馬くんが僕の顎を撫でてくる。それだけで、僕の頬には熱がのぼった。
「……唇だけでいいの?」
「今はね」
唇に王馬くんの息があたる。
僕は、抗うこともせず、ゆっくりと目を閉じた。
(作成日:2019.06.23)