上弦の月

第124回 王最版深夜の一本勝負
お題「イメチェン」

「最原ちゃん、朝だよー」
「うっ」

 重い瞼を持ち上げる。僕の上には、いつものように王馬くんが乗っていた。
 いつもと同じ風景。そのはずなのに、違和感があった。

(あれ?)

 寝ぼけ眼を瞬かせる。僕の上に乗っているのは王馬くんのはずなのに、王馬くんじゃないみたいだ。
 そうだ、髪のボリュームが違う。手を伸ばして、王馬くんの肩あたりで揺らす。何も当たらない。

「最原ちゃん?」
「……どうしたの? その髪」

 やっと、目が覚めてきた。クリアになった視界でも変わらず、王馬くんの髪は短かった。
 僕と同じくらいの長さくらいか?

「ああ、これ? 実は、オレ、好きな人に思いが届かなくて失恋しちゃったんだよね。だから、これはオレのけじめっていうか、イメチェン?」
「えっ」

 思わず、身体を起こした。ただ、そのまま、何も出来ず止まる。

「最原ちゃん、どうかした?」
「いや、その」

 衝撃が大きすぎて、何も言葉が浮かばない。胸の奥によく分からない渦が沸いて、服を握り締める。

「王馬くん、好きな人、いたんだ」
「……うん、そうだねー」

 王馬くんの肯定の言葉に、さらに胸の奥が軋む。
 うぬぼれていたのかもしれない。こうやって毎日起こしに来てくれるから、王馬くんは僕のことを好きなんじゃないか、って勝手に勘違いして……バカみたいだ。

「最原ちゃんってば、さっきからどうしたの? そんなにオレの髪型、似合わない?」

 王馬くんが、僕の頬に手を当てて覗き込んでくる。僕は、何となく王馬くんから視線をはずした。

「そういうわけじゃないけど」

 似合わないわけではない。ただ、ショートになって跳ねてもいない髪は、王馬くんをさらに幼く見せていた。
 まるで中学生みたいだし、それに、

(これは、僕の知らない誰かのために作られた髪型)

 そう思うだけで、胸にずしりと重しが増える。

「………………あー、やめやめ」

 急に王馬くんは、自分の頭を掴むと髪を取り外した。髪の下から髪が現れ、いつもの王馬くんが完成する。

「え? は?」
「せっかくショートヘアーオレを見せてあげたのに、最原ちゃんの反応面白くないんだもん。もっといい反応できないの?」
「え、何で、失恋からのイメチェンって」
「嘘に決まってんじゃん。最原ちゃんってば、本気にしちゃったの? バッカだなー」
「嘘」

 王馬くんから、嘘だと聞いて重くなっていた胸が軽くなる。

「オレの言うことは、疑ってかからないとダメだよ。探偵さん」
「うん、そうだね」

 手を伸ばす。王馬くんの肩あたりで揺らすと、彼の髪が当たった。

「最原ちゃんってば、そんなにオレの髪が好きだったんだ。知らなかったなー」
「そういうわけじゃないけど」
「ふーん」

 僕が王馬くんの髪で遊んでいたのが気に入らなかったのか、王馬くんは髪を後ろ手で括る。
 そのせいで現れた首筋に、一瞬どきりとする。さっきまでは気にならなかったのに、どうしたのだろう。

「にしし、そんなにオレの髪が好きなら、最原ちゃんには色々頑張ってもらわないとなー」
「どういう意味?」
「オレの髪を生かすも殺すも最原ちゃん次第ってことだよ」

 王馬くんの目が細く歪む。その表情に、僕は唾を飲み込んだ。
 期待してもいいのだろうか。僕は、震える手を王馬くんの首に回した。



(作成日:2019.06.16)

< NOVELへ戻る

上弦の月