上弦の月

第123回 王最版深夜の一本勝負
お題「アルバム」

『最原ちゃん、最原ちゃん、あはあはあっはっは~』

「うっわ!」

 耳元で響いた歌声に驚き、思わず跳ね起きた。頭には、寝る前にはなかったヘッドホンが装着されている。

「なんだよ、これ」

 王馬くんの歌声が流れてくるヘッドホンをはずす。ヘッドホンの先を辿ると、枕元にCDプレイヤーとケースが置かれていた。

(CDプレイヤーなんて、どこにあったんだよ)

 僕は、ケースの方を手に取る。ケースには、ご丁寧にCDの内容が記載されていた。

「“最原ちゃんへ捧げる《そうとう》な厳選ラブソングアルバム”」

 CDに踊る文字を見て、軽く眩暈を起こす。アルバム名らしきものだけでも相当だが、念のため曲名も辿ってみる。

「ダイスってGO、絶対ラブミー総統閣下、探偵をよびそうな総統のうた、……あれ?」

 アルバムのトラックの一番最後に『フリートーク』があった。雰囲気的に曲名ではなさそうだ。試しに再生してみる。

『ここからは、超高校級の総統であるオレ・王馬小吉のフリートークだよ! 最原ちゃん、聴いてる?
 オレ、最原ちゃんへの想いをいーっぱい形にしたから、お返しに最原ちゃんからオレへの愛の歌が聞きたいなー。つきましては、最原ちゃんにレコ…』

 再生を止めた。
 時計を確認すると、まだ朝の7時だった。もう一眠りしよう。布団を手繰り寄せると、ゆっくりと目を閉じる。その時、扉が思いっきり開く音がした。

「ぐあっ!」
「最原ちゃん、おっはよー。今日は気分よく目覚めれたでしょう?」
「……最悪だよ」

 勝手に部屋に入ってきた上に、僕の上にダイビングしてきた王馬くんを睨む。

「そんな怖い顔しないでよ。今日は、最原ちゃんがオレのための歌を歌ってくれるって約束してたじゃん」
「してないから」

 王馬くんを無視して寝ようとしたが、頭にヘッドホンをつけられてしまった。先ほどのフリートークの続きが流れている。

「ちょっと」
「にしし。どう? 総統の愛に包まれる感覚は?」
「あのさ、っ」

 フリートークの途中にもかかわらず、急に歌が聞こえてきた。耳に心地よいア・カペラ。いつもより低めの声に、少し心を動かされる。

「最原ちゃん?」
「……一曲だけなら、歌ってもいいけど」
「え?」

 ヘッドホンをつけたまま、布団を頭から被る。恥ずかしさで、顔から火を噴きそうだ。

「最原ちゃん! 今の」
「うるさい」

 王馬くんに布団の上から揺さぶられる。僕は自分の言ってしまったセリフを後悔しながら、歌の波に身を任せた。



(作成日:2019.06.09)

< NOVELへ戻る

上弦の月