上弦の月

第118回 王最版深夜の一本勝負
お題「初デート」

 息を吸って、そのまま吐く。はやる心を持て余し、もう一度、時間を確認する。待ち合わせ時間の一時間前だ。

(早く、着きすぎてしまった)

 普段の約束なら遅刻すれすれに到着するのに、今日は一時間も早く着いてしまっていた。こんなことは初めてだ。

(……おかしいところはないよな?)

 じっとしているのも落ち着かず、近くにあったガラスをのぞきこむ。王馬くんと並んでも、おかしくないようにと何度も考えた服。髪に寝癖がついていないことも再度確認する。

(うん、問題ないな)
 少しだけ気持ちが落ち着くと、ガラスの向こうのポスターが目に入った。どうやら、デパートの催し物に関するポスターみたいだ。

(……あっ)

 ポスターには、《だんがん紅鮭団 コラボ展》と銘打たれている。恋愛バラエティ番組『だんがん紅鮭団』。それは、僕と王馬くんが出会うことになった番組の名前だ。
 紅鮭団は大ヒットしたらしく、出演者をモチーフにしたグッズがたくさん作られた。僕は王馬くんとツーショットを撮っただけだけれど、その写真はアクリルスタンドやTシャツ、タペストリーにまで使われている。ちゃんと報酬をもらったとはいえ、グッズを身につけている人を目にするたびに顔から火が吹き出しそうだ。

(気にしちゃダメだ。今はもう紅鮭団じゃない)

 そう、もう番組のルールに縛られたりしない。今日だって、だんがん紅鮭団を卒業してからの初めてのデートなのだ。
 決意を新たに拳を握ったところで、急に目の前が真っ暗になった。

「うわっ!」
「だーれだ」
「お、王馬くん」

 わざと声を変えているが、その声は王馬くんだった。間違えていなかったようで、僕の目の上から手が離れていく。

「にしし、一発で当てちゃうなんて最原ちゃんの愛の力かな?」
「もう、そんなんじゃ」

 わずかにはにかみながら振り返る。すると、気取ったように帽子を斜め被りした僕と目が合った。

「……王馬くん、どうしてそれを着てきたの?」
「んー? ああ、オレと最原ちゃんがラブラブだって示す証だからに決まってんじゃん」

 「ほら、似合うでしょ?」と、王馬くんはインナーのTシャツを引っ張る。そのTシャツは、僕が先ほど思い出していた王馬くんと僕のツーショット写真を使用した『だんがん紅鮭団』のコラボグッズの一つだった。

(黒歴史が、目の前にある)

 王馬くんの服装はカジュアル系だから、柄Tが似合っているところが数少ない救いか。だが、思いがけない衝撃のせいで、王馬くんが来る前に考えていたことは吹き飛んでしまった。

「あの、王馬くん、今からなんだけど」
「うんうん、分かってるよ最原ちゃん。今日の予定は映画見て、観覧車乗って、ブアパートだよね!」
「ラブア、っ、えっ? い、行くの?」

 動揺している間に、手を握られて引っ張られた。僕は抗うこともせず、王馬くんについていく。

「にしし、嘘に決まってんじゃん。それは、また、おいおいね」
(おいおい……)

 それは、つまり、今後もデートしようということでいいのだろうか。少し速くなった鼓動を胸の上から押さえる。

「じゃあ、予定通り、美味しいもの食べに行こうね」
「うん、そうだね」

 繋いだ手を軽く握ると握り返してくれた。そんな些細なことで胸がおどる。

(今日は、楽しく過ごせたらいいな)

 僕たちのはじめてのデートは、これからだ。



(作成日:2019.05.04)

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