上弦の月

第117回 王最版深夜の一本勝負
お題「チケット」

 目的の駅に着き、新幹線を降りた。僕は、そのまま何か手がかりになるものがないかと、あたりを見渡す。

(王馬くんは……いないのか)

 今日の夕方、僕の探偵事務所に一つの封筒が届いた。中には、新幹線のチケットと白と黒の市松模様柄の紙が入っていた。
 差出人の名前はなかったが、それだけで誰が送ってきたかは容易に想像がつく。
 ふと、ひとつのポスターに目がとまった。

『DICEチケットをお持ちの方はこちら』

 ポスターには、僕が持っている紙と同じものが写っていた。

(DICEチケット、ね)

 チケットという名称なら、もう少し良い紙を使えばいいのに。折り紙のように薄い紙は、今僕のズボンのポケットに眠っている。
 僕は、ポスターに記載されている電話番号を携帯に打ち込む。発信してワンコール、相手と繋がった。

「お掛けになった電話番号は、」
「もしもし、王馬くん。キミ、いったいどこにいるの?」
「にしし、どこにいると思う?」
「…………」

 電話の向こう側の音を聞く。
 たくさんの人の話し声。王馬くん自身が歩く音。何かの出発時刻を伝えるアナウンス。
 そのアナウンスは頭上からも響いていた。

(……あれ?)

 僕は、思わず振り向く。そこには、僕より少し背の低い男が立っていた。

「王馬くん」
「あーあ、最原ちゃんがもうちょっと気づくのが遅かったら、脅かすことができたのになー」

 王馬くんが、手に持っていた風船をふわふわ揺らす。あと少し遅ければ、危ないところだった。

「DICEチケットは手に持った? よーし、しゅっぱーつ」
「ちょ、ちょっと」

 僕の手を引っ張る王馬くんを引き止める。

「どこに行くの? そもそもこんな方法で僕を呼び出した理由は何?」
「……にしし」

 王馬くんが人差し指を唇に当てて笑う。これは、僕にとってあまり良くないことを考えているときだ。

「最原ちゃんは探偵さんなんだから、理由なんて今から考えてみたらいいじゃない。
 まずは、夜景の見えるディナーを予約済だから行こうか」
「は?」

 王馬くんに引きずられて、足が前に進む。夜景の見えるディナー、なんてまるでデートみたいな。

「っ、王馬くん、待って」
「待たないよ、これでも充分待ったんだから。今日は帰す気なんてないから覚悟しててよね、最原ちゃん」

 王馬くんの言葉に心が乱される。その言葉は嘘なのか、本気なのか。

(どういう、意味なんだよ)

 僕は王馬くんについていきながら、彼が僕を呼んだ理由を妄想して胸元を掴んだ。



(作成日:2019.04.28)

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