上弦の月

第116回 王最版深夜の一本勝負
お題「お揃い」

 指定されたお店に入ると、お目当ての集団はすぐに見つかった。どうやら僕が一番最後のようだ。
 僕はクラスメイト達に近づくと、唯一空いていた席に座った。

「あ、最原くん。……どうしたの? 風邪?」
「うん、まあね。遅れてごめん」

 向かいの席の赤松さんに謝罪を入れながら、マスクの位置を調整する。あくまで、風邪であるということのアピールだ。

「何だ終一、風邪なのか? 冬でもねーのにマフラーなんか巻いて。体調悪いなら、無理してこなくてもいいんだぞ」
「ありがとう、百田くん。でも、今日のクラス会は前々から決まっていたことだし、今は調子も落ち着いてるんだ。
 無理そうなら、ちゃんと帰るから。あ、烏龍茶お願いします」

 近くにいた店員さんに飲み物を注文する。マスクをはずすと一息ついた。

「最原くん、マフラーも外さないの? お店の中だと暑いと思うんだけど」
「え? あ、ああ、そうだね」

 赤松さんに言われて、マフラーに手を触れる。だが、マフラーを首から外すわけにはいかない。

(どうする……)

 今日、マフラーをしてきたのも苦肉の策だった。風邪だと思わせればマフラーをしていても違和感がないと思ったんだけれど、簡単には行かないようだ。

「なになに、最原ちゃんってば、マフラー外したくないぐらい体調悪いの?
 でも、赤松ちゃんの言うとおり、お店の中までマフラーをするのは常識がなってない感じがするよ。
 てわけで、代わりにオレからの提案なんだけれど、ここにあるストールを巻いたらどうかな? 最原ちゃん、嬉しいでしょ?」

 王馬くんはマシンガンのように喋ると、自分の首に巻いていたストールをはずした。
 王馬くんの首があらわになる。その白い首筋には、赤い跡がついていた。

「お、王馬くん」
「最原ちゃんってば、遠慮しなくていいんだよ。ほらほらほら」
「王馬くん。ストールは王馬くんが巻いておいた方がいいんじゃないっすかね」

 天海くんが苦笑して告げる。あの顔は、きっと気付いている。まだ、何も食べていないのに、胃が重くなった。

「うーん、天海ちゃんがそう言うなら仕方ないね」

 王馬くんは、自分の首にストールを巻きなおした。赤い跡が視界から消えると、少しほっとする。
 そこで油断を生んだのか、急激に接近していた距離に気付かなかった。

「オレとお揃いの跡、見られたら大変だもんね?」
「っ!」

 耳に普段よりも低い声が注ぎこまれる。そのまま跡がある位置をマフラーの上からなぞられると、背中に痺れが走った。
 反射的に張り手を出すが、王馬くんはたやすく避けていく。

「にしし、かっこいいストールはオレが着用しておくね。最原ちゃんは、今日一日中、そのダサマフラーを巻いておけばいいよ!」

 王馬くんはキーボくんやゴン太くんをからかいながら、僕から遠ざかっていく。

(誰のせいだと思ってるんだよ)

 僕は、元凶の背中を睨み漬けながら、マフラーをきつくしめなおした。



(作成日:2019.04.21)

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