第112回 王最版深夜の一本勝負
お題「生殺し」
(油断した)
悪の総統たるもの、常に気をつけていなければいけなかった。ちょっと心を許すとこうなってしまうことは分かっていたというのに。
もう少し安定的に座ろうと身じろぐ。背後からかすかな金属音が聞こえた。オレを後ろ手で拘束している手錠が鳴った音だ。
「最原ちゃーん、手錠はずしてくれない?」
「ダメだよ。これはお仕置きなんだから」
オレの上に向かい合って乗っかってる最原ちゃんが、こともなげに言う。
(お仕置き。お仕置き、ねー。シャツ一枚にオレのストールを首に巻いてる最原ちゃんが目の前にいる時点でご褒美なんだけど)
少し視線を下にずらすだけで、最原ちゃんの白い生足を眺めることができる。これがお仕置きなら、普段はどんな地獄にいるんだろう。
(それにいつだって鍵はずせるしなー)
悪の総統たるものピッキングの心得はある。こんなおもちゃの手錠は、実質あってないようなものだ。
今、甘んじてこの状況を受け入れているのだって、単純にこれ以上最原ちゃんを怒らせたくないからだ。
「ねぇ、王馬くん。僕、言ったよね。痕つけないで、って」
「うーん、っと、言ったっけ?」
「言った」
最原ちゃんの目は完全に座っている。確かに最原ちゃんの怒りはごもっともだ。
オレは、最原ちゃんの意思を無視して、最原ちゃんのうなじにキスマークをつけてしまった。それも制服に隠れるギリギリの場所にだ。
(でも、最原ちゃん自身が気付くはずないんだから、……誰に言われたんだろうねー)
特に反論もせず黙っていると、最原ちゃんはどこからかポッキーを取り出した。何でポッキー?
「最原ちゃん、ポッキーゲームの時期は過ぎた、ってむぐっ」
最原ちゃんは、問答無用でオレの口にポッキーをつっこんだ。そして、反対側を最原ちゃんがくわえる。
え、本当にポッキーゲームするの?
オレの戸惑いにも気づかなかったようで、最原ちゃんはポッキーをかじっていく。サクサクと響く音。じょじょに近づく距離。息すら感じるくらいになった時、盛大な音を立ててポッキーが折れた。
(ですよねー)
オレは無言でチョコのついていない部分を食べる。そのタイミングで、再び最原ちゃんはオレの口にポッキーを突っ込んだ。
(これ、地味にキツイかも)
なまめかしい格好の最原ちゃんと、息がかかるほど近づくのに、キスもできなければ触ることもできない。なにこれつらい。
(ああ、確かにお仕置きだ、これ)
ポッキーが一箱終わるころには、オレは笑顔すら作れなくなっていた。オレの灰色の表情筋が死んでしまってる。全部、最原ちゃんのせいだ。
「王馬くん、反省してる?」
「うんうん、したした」
「……じゃあ、最後の罰を与えるね」
最原ちゃんは、そう言うとオレの頭に顔を寄せる。数秒後、耳の裏側に痛が走った。
「いっ」
「ここなら、ストールで隠れないよね。これでお仕置きはおしまい」
最原ちゃんが、オレの耳を撫でていく。なるほど、報復にオレにもキスマークってわけね。場所はおそらく耳の裏だ。
(……これ以上、煽るのやめて欲しいんだけどなー)
生殺しにも程がある。今の状態で野に放たれると、目の前の獲物がどうなるか分かったものではない。
ツラツラと考えていたことは、目の前の人物には全く伝わっていなかったようで、背後で無情にも手錠の鍵が外れる音がした。
ねー、最原ちゃん。飢えた獣を解き放った罪は、その身で感じてもらおうかな。
(作成日:2019.03.24)