第108回 王最版深夜の一本勝負
お題「メリーゴーラウンド」
緩やかなBGMが頭上から降り注ぐ。遊園地や、道化師のバックで流れているようなファンタジーな曲だ。
そんなファンタジーな世界でオレは地べたに寝そべっていた。ぼんやりと、サーカスの小屋の天井みたいなものを見つめる。
(あれ、オレは、何をしていたんだっけ?)
何をしたかったのか、どうしてここにいるのか、よく分からなかった。
「ねーねー、どうする? 振られちゃった?」
「あはは、本当にバッカだよねー。あそこは強引に手を引っ張るところだったのに」
「何言ってんだよ。こういう結果になったってことは、あそこはアレで正解だったんだよ」
五月蝿い声が周りから浴びせられる。顔をわずかに横に傾ける。上下に動く木馬が音楽に合わせて滑っていった。
(メリー、ゴーラウンド……)
頭の隅に引っかかる。確か、オレは……。
「で、で、次はどうするの?」
「そこはアレでしょ? 近くの水道に駆け寄って、盛大に水をぶっかけてあげればいいんだよ。服が濡れたことを口実に近くのホテルでしっぽり」
「そんなことしたら次に繋がらないじゃん。。やっぱり、ここは、名誉挽回のためにも優雅にエスコートして最上級ディナーコースじゃない?」
木馬に乗ったオレの影を象ったヤツらが好き勝手に喋っていく。一体、何の話をしてるんだ?
「それよりもさ、もっとかっこいいところを見せた方がいいと思うんだよね!」
「へー、どんな? あー、ナポレオンみたいに前脚あげてヒヒーンってヤツとかどう?」
「あはは、その結果がこれじゃない?」
「ふざけるな、オレはそんな、痛」
上半身を起こして反論を試みようとしたところ、頭の右側に痛みを覚えた。思わず、頭を押さえる。少し膨らんで……たんこぶ?
(確かオレは、落ちて、どこから?)
たんこぶを押さえながら目を閉じる。意識はゆっくりと闇に落ちていく。
落ちて、目を開いて……。
「あ、王馬くん、起きた?」
「最原、ちゃん」
最原ちゃんがオレを覗き込んでいた。頭には少し固いけど、何かを敷いている感覚がある。
(これは、膝枕?)
これは少しでも堪能しておかないといけない。不自然にならない程度に頭を動かす。うん、素晴らしい。
「まったく本当にビックリしたよ。勢いよくメリーゴーラウンドに乗ったと思ったら、そのまま落ちるんだもん」
「あー」
最原ちゃんから告げられた内容に、オレは気絶する前の状況を思い出した。
(そうだ。最原ちゃんに一緒にメリーゴーラウンドに乗ろうって誘ったけど断られたから、一人で乗ろうとして失敗したのか。はっず)
いくら感情的になっていたとはいえ、最原ちゃんの前で子ども向けの遊具に乗るのに失敗したのは恥ずかしすぎた。
このまま最原ちゃんの股の間に顔を埋めて隠れたいくらいには恥ずかしい。
「にしし、失敗失敗。あの木馬に対魔のスキルがあって、悪属性であるオレを弾いてくるなんて夢にも思わなかったよ。いやー、最原ちゃんには心配かけちゃったね!」
「また、そういう。……本当に心配したんだから、無茶しないで」
最原ちゃんが、オレの頭を優しく撫でていく。あの最原ちゃんが、オレに優しい。これは、まだ夢の中だったりしない?
オレは、最原ちゃんの手を取る。掌に感じる温度は、これが夢じゃないと訴えているようだ。
「最原ちゃん、結婚しよう。いった」
最原ちゃんが急に立ち上がったせいで、オレの身体がベンチから落ちた。膝枕から地面へのシフトチェンジはキツい。
「…………帰る」
「最原ちゃん!?」
急いで立ち上がって最原ちゃんの腕を掴んだ。腕をすぐ振り払うような素振りはないから、まだ猶予はある。
「なに?」
「いやー、せっかく二人で遊園地に来たんだから、もっと楽しまないと勿体ないじゃん。ほら、あの観覧車とかどう?」
「……観覧車って、二人っきりになるよね?」
(ん?)
わずかに見える最原ちゃんの顔が、少し赤らんでいるように見えた。観覧車に反応した? それとも、二人っきり?
(これは脈アリじゃない?)
「観覧車が嫌なら、巨大迷路とかどう? 最原ちゃん、好きでしょ?」
オレは、巨大迷路の方を指差す。反応の良い観覧車は最後だ。それまでに最原ちゃんの好感度をいっぱいあげておかないとね! 巨大迷路と他にはどこを選ぼうかな。
ああ、メリーゴーラウンドは、もう二度と乗らない。
(作成日:2019.02.24)