第107回 王最版深夜の一本勝負
お題「ハート」
「ねー、最原ちゃん。ドキドキしてる?」
「そうだね。ドキドキしてるよ、……色んな意味で」
暗闇の中、王馬くんに手を引かれながら歩く。この先に何があるのか僕は知らない。天国か、はたまた地獄か。
(夜中にたたき起こされたと思ったら、『最原ちゃんのハートを奪いにきちゃった! さっさと起きて支度しないと、物理的にハートをいただいちゃうよ!』だもんな。何がしたいんだか)
「最原ちゃん、着いたよ」
王馬くんの声とともに、視界が開けた。目を塞いでいた布がほどかれたのだ。
(なんだ、ここ)
予想していなかった光景に、僕は息を飲んだ。あたりに大量にある金属が、月明かりを冷たく反射する。
「最原ちゃんに問題です。ここはどこでしょうか?」
「そう聞かれても、知らない場所なんだけど」
あたりを見渡す。見える風景から丘だとは思うが、柵にじゃらじゃらと取り付けられた南京錠が景観を損なっている。試しに一つの南京錠を手に取ってみた。表面には『紘♥めぐみ』と書かれている。
「王馬くん。具体的な場所名は分からないけれど、ここは」
「最原ちゃん、ゲームをしよう」
王馬くんの問題に答えようとした声が遮られた。王馬くんを見ると、両手に何かを持っている。……南京錠?
「さて、最原ちゃん。ここに二つの南京錠がある。一つは、オレの名前入りの南京錠。もう一つはオレたち二人の名前入りの南京錠。これを今からシャッフルするから、最原ちゃんが選んでよ」
「……それ、僕にどういうメリットがあるの?」
「メリット? 好きなプレイを選ばせてあげるっていってるの。一個は最原ちゃんの首を絞めるのに使うし、もう一個はここで使うものだよ」
とてもいい笑顔で、王馬くんは両手を突き出してくる。二つの手を見比べるが、どちらにどの南京錠が握られているか見当がつかなかった。
(ここで使う、ってのは分かるけれど、首を絞めるって何?)
このゲームの正解は、きっと二人の名前入りの南京錠だ。そうでなければ、王馬くんがわざわざ僕をここに連れてきた意味がない。この場所だって、〝名前入りの南京錠を柵につけた二人は深く結ばれる〟みたいなジンクスがあるのだろう。
(僕がちゃんと応えないから、シビレを切らせたのかな)
まさか、王馬くんがこんな強硬な手段に出るとは思わなかった。僕も覚悟を決めるべきかもしれない。そのためには、二人の名前入りの方を選ばないと。
「最原ちゃんは、どっちのプレイが好き?」
「僕に選択権があるとは、到底思えないけれど。うーん、…………こっちで」
僕は、王馬くんの左手を指差す。勘だけで選んだがどうだろう?
王馬くんは、ゆっくりと左手を開いていく。手の中から現れたハート型の南京錠には、二人の名前が刻まれていた。
「あらら、残念だなー。せっかく最原ちゃんの首にオレの名前をぶら下げることができると思ったのに」
「……嘘つき」
「にしし」
王馬くんが僕の手を南京錠に触れさせた。
「ねー、最原ちゃん。つける場所ここでいいかな?」
「場所はどこだっていいよ。……それより、何で名前を蛍光色で書いたの?」
「さぁ? どうしてかな? 探偵さんなんだから、それくらい自分で考えてよ。それよりもさ」
「うん?」
王馬くんの方を向くと、思った以上に近い場所に顔があった。
「あっ」
「オレのことを止めないってことは、そういう関係になっても問題ないってことだよね?」
王馬くんの顔が近づいてくる。僕は、顔が熱くなるのを感じながら目を閉じた。
意識の外で、ハートが柵に繋がった音がした。
(作成日:2019.02.17)