第106回 王最版深夜の一本勝負
お題「お助けヤッチー君」
もう夕方にさしかかった時間、超高校級の探偵・最原終一は惰眠を貪っていた。
「マジかよ」
探偵さんの部屋に勢いよく乗り込んだオレ・王馬小吉は、ベッドの上でぐーすかといびきを立てる最原ちゃんを見下ろした。
最原ちゃんは幸せそうに、シャチのぬいぐるみを抱きしめている。確かこのシャチは、『お助けヤッチー君』って名前だっけ? ぬいぐるみもあったのか。
「ヤッチー君、そこ、オレの席だからどいてくれる?」
そう言いながら、オレはヤッチー君を引っ張る。最原ちゃんは意外としっかり抱き込んでるのか、なかなか腕が外れない。
「オレには、こんなに熱烈に抱きついてくれたりしないのに」
オレが最原ちゃんに抱きつくときは、いつも手を添えるだけしか返してくれない。そもそも最原ちゃんから抱きしめてくれることなんて皆無に等しい。あ、何だか腹たってきた。
「なー、コキチ。せっかく最原ちゃんに会いにきたってのに、寝てるなんてひどいよなー。お前だって、起きた最原ちゃんと会いたいよね」
オレは、持っていたぬいぐるみに話しかける。
オレの特徴を捉えた手乗りサイズのぬいぐるみ。才囚学園の資金集めのために、発売される予定のグッズだ。そのグッズの見本品が、モチーフになった超高校級の元に先ほど送られてきたのだ。
「最原ちゃん。最原ちゃーん」
ぬいぐるみを最原ちゃんの顔におしつける。頬が変わるくらいにぐりぐりと力を入れる。その刺激が功を奏したのか、最原ちゃんが身じろいた。
「ん、んんっ」
最原ちゃんの目が、うっすらと開く。その顔めがけて、オレは再度ぬいぐるみを押し付けた。
「んぐっ!」
「にしし、奪っちゃった!」
手に持っているぬいぐるみを振る。起きたばかりの最原ちゃんは、頭が回っていないのか、ぬいぐるみを見つめながら数度まばたきをした。
「王馬くん?」
「なに、最原ちゃん」
「何で、ここに?」
「そりゃ、最原ちゃんに会いにに決まってるじゃん! あと、ついでにぬいぐるみが来たから最原ちゃんにあげようと思って」
「え、貰っても困るんだけど」
「大丈夫だよ、見返りなんて求めてないからさ! ちなみに最原ちゃんぬいぐるみは、オレの部屋の机の上で帽子を脱がされたあられもない格好をさらしているよ!」
「何でキミが僕のぬいぐるみを受け取ってるんだよ!」
目が覚めてきたのか、最原ちゃんから鋭いツッコミが入った。
「まったく起きたらぬいぐるみを押し付けられてるし、散々だ」
「あれれー? もしかして、最原ちゃんってファーストキスだった? ごめんねー、オレのコキチが奪っちゃって」
「……王馬くん」
「なに? ぐふっ!」
顔にもふもふしたものが押し付けられた。この感触は、ぬいぐるみ!
しばらくして、顔からもふもふが離れていく。やっぱりお前か、ヤッチー君。
「奪っちゃった」
ヤッチー君を持って不敵に微笑む最原ちゃんに目を奪われる。あまり見せない表情に心臓が変な音を立てた。なんだコレ。
「オ、オレのファーストキッスをヤッチー君に奪わせるなんて、ひどいよぉおおお。これはお詫びに、最原ちゃん自身で償ってもらわないといけないなー!」
「は?」
勢いに任せて、最原ちゃんの顔に近づく。避けられるのは分かってるから、あえて分かりやすく目を瞑った。
「んぐっ」
顔にもふもふしたものがぶつかる。目を開けると、またしても見覚えのあるシャチがいた。おのれ、ヤッチー君。
「……奪っちゃった償いはまた今度。おやすみ!」
「え?」
最原ちゃんは気になる発言を残して、ヤッチー君と一緒に布団に潜り込んだ。ちょっと、言い逃げは酷いんじゃない?! オレは、思わず目の前のシーツを引っ張った。
「最原ちゃん、今度っていつ!!」
オレの大きな声が、最原ちゃんの部屋に響き渡った。
(作成日:2019.02.10)