第105回 王最版深夜の一本勝負
お題「幸福論」
「たとえばだけどさ、幸福が義務の国があったら、最原ちゃんは一体何をする?」
「……何の映画を見たの?」
背中にもたれかかってくる身体を適当に支えながら返す。視線は、目の前の小説からはずさない。
「なに? オレが何かの影響を受けたとでも思ってんの? オレは悪の総統だよ? 悪であるために、まずは潰すべき幸福というものを理解しようとしてるわけ。で、市民・最原よ。あなたは幸福ですか?」
「あー、うん、そうだね」
以前、七海さんが似たようなセリフを言ってた気がする。そうか、映画じゃなくてゲームだったか。
「曖昧な返事だなー。じゃあ、今は何が最原ちゃんの幸せに繋がってるのかな?」
「え? うーん、今回の小説は当たりだな、って、ぐっ」
首が絞まる。僕は空気を求めて、背後から回ってきている腕を叩いた。
「そこは《王馬くんがいるから》って答えるとこでしょ! オレという恋人がいながら、小説の方をあげるなんて、最原ちゃんの浮気者!」
「ぼ、僕とキミはまだ付き合ってないだろ!!」
「うん、そうだったね」
「げほっ、ごほっ」
腕が離されて急速に酸素が身体に入ってくる。まったく酷い目にあった。
「あーあ、つまんないなー。最原ちゃんは、もっと頭空っぽにして夢詰め込まないとモテないよ。犯罪のトリックばっかり脳みそに詰め込んだら、幸せも逃げてっちゃうでしょ?」
「別に王馬くんにぼくの幸せを定義される必要ないし」
首をさすりながら小説を閉じる。すっかり続きを読む気がなくなってしまった。
「そういう王馬くんはどうなの?」
「うん?」
「王馬くん、キミにとって幸福って何?」
王馬くんは、僕の言葉に目を瞬かせる。一瞬後に、王馬くんの口が歪んだ。
「最原ちゃん、オレのこと気になる? オレは最原ちゃんと一緒にいるだけで幸せになれるよ、本当だよ!」
「ああ、そう、っ」
首筋にチリッと痛みが走った。咎めようと顔を動かすが、視界には王馬くんの髪しか映らなかった。
「王馬くん」
「ねー、最原ちゃん。小説なんていう受け身で非現実的な曖昧な幸福よりも、オレと一夜の甘い夢とかどう? 天国を味あわせてあげる。お安くしとくよ?」
「絶対安くないよね」
首から顔を上げた王馬くんと目が合う。真っ直ぐ見つめられると、何だか気恥ずかしくなってきた。
「ねー、最原ちゃん。今、あなたは幸福ですか?」
「さぁ、どうだろうね」
王馬くんの問いに答えを出さずに僕は目を閉じた。
(作成日:2019.02.03)