上弦の月

第102回 王最版深夜の一本勝負
お題「勉強」

 メモ帳にペンを走らせる。机の上に広げた地図と見比べて、情報に過不足がないことを確認した。
 僕は今、図書館で次の依頼のための準備をしている。本格的に動きだすのは明後日からだが、それまでに集めておいた情報に間違いがないかを確認している最中だ。

(ターゲットの行動範囲は確認した。あとは、移動予測と、必要な資料を……)

「ねー、最原ちゃん」
「……なに?」
「オレさ、昨日ちょー勉強したことがあって、今日実践してみたいんだよね。最原ちゃん、どうせ暇でしょ? 付き合ってくれない?」
「今の僕を見て、なぜ暇だと思うんだ?」

 ペンを止めて顔をあげる。勝手に向かいの席に座っていた王馬くんは、両手で肘をついた格好で僕を見ていた。

「でも、もう終わるでしょ? 明日でもいいとこもあるんだしさー」
「確かにそうだけど」

 王馬くんは僕の返答も聞かずに、勝手に机の上を片付けていく。いったい、僕を何に付き合わせるつもりなんだ?

「その王馬くんのいう実践って、一人じゃできないことなの?」
「うん、そうなんだよね」
「ふーん」

 顎に手を当てる。一人ではできないことで、王馬くんがわざわざ勉強するもの。

(新しいDICEの仕掛けとか? それとも、夢野さんから手品を教わってみたとか?)

「で、最原ちゃんは付き合ってくれるんだよね?」

 王馬くんは小首を傾げながら、身を乗り出してくる。机の上は、すっかり綺麗になっていた。

「えっと、付き合うっていっても、何に付き合えばいいのか説明が足りないよ。王馬くんは、何を勉強したっていうの?」
「えー、これだけど」

 王馬くんは、手を1と0の形にする。そして、その二つが合体するような仕草をした。その動きが、あるものを連想させて、僕は思わず手に持っていたメモ帳を王馬くんの顔めがけて投げつけていた。

「いった、何するの!」
「な、ななな何考えてるんだよ!!」
「えー、これ?」

 王馬くんの人差し指が丸を描いた指の間を行き来する。何プレイだ、これは。

「オレの生涯の勉強のために、最原ちゃんが一生お尻を貸してくれるってさっき話してたと思うんだけど」
「そんな話は一回も出てないから!」
「図書室ではお静かに!」

 司書さんの注意が僕にささった。感情に比例して、どうやら声が大きくなっていたようだ。
 ということは、今の会話が図書館にいた人たちに筒抜けだったのではないか? ……しばらくここには来られないな。

「王馬くん、表に出て」
「いいよ! そのまま裏道にでも行っちゃう?」
「行かない」

 僕は荷物をまとめると、その場から逃げるように扉を出た。空に輝く太陽を見て、ひとまず息をつく。

「もう、最原ちゃんが過剰に反応するから怒られちゃったじゃん」
「元はと言えば、キミのせいだろう」

 僕の後ろから、ふて腐れたような声が聞こえた。この様子からすると、もしかして先ほどの発言は嘘だったのかもしれない。全くたちが悪い。

「はぁ。続きどこでしようか」
「じゃあ、オレの部屋なんてどう? ローションも揃ってるし」
「うん?」
「基礎から応用まで、オレと最原ちゃんの二人でステップアップ!」
「だから、行かないっていっただろ!」

 僕の大声が、青い空に吸い込まれていった。



(作成日:2019.01.13)

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