上弦の月

第100回 王最版深夜の一本勝負
お題「カウントダウン」

(8……7……6……)

 壁に貼りつき、耳を澄ます。ゆっくりと歩く音が、かすかに聞こえた。王馬くんだ。
 僕と王馬くんは、お互いにひとつのものを賭けて定期的に勝負をしている。始まりは何だったか覚えていない。気がつけば、王馬くんと勝負をしていて、立て続けに負けているせいで引くに引けなくなったのだ。
 今回の僕の勝利条件は、『時間内に姿を見られずに王馬くんを捕まえる』こと。王馬くんは決められた道筋を同じスピードで歩く。今僕たちがいる建物自体に様々なトラップが隠されており、それらを利用するのもアリだった。今回は、かなり僕にとって有利なルール。ここらでそろそろ勝っておきたい。

(5……4……3……)

 壁にあるボタンに手を添える。タイミングを合わせて、このボタンを押せば僕の勝ち。だけど、この一回を逃せばタイムリミットが来てしまう。

(2……1)

 手に意識を向ける。失敗は許されない。もう少し。

「ゼロ!」
「え?」

 自分とは違う声が廊下に響いた。思わず、周りを見渡す。誰もいない。
 じゃあ、今響いた声は――。

「はい、残念」
「あ」

 ボタンに伸びていた手を、誰かに取られた。そのまま腕が引っ張られて、身体を抱き寄せられる。

「お、王馬くん」
「声に気を取られずにボタンを押しちゃえば、最原ちゃんの勝ちだったのにね。あーあ、オレはとても悲しいよ」

 どこから現れたのかまったく気づかなかった。唖然としている間に、王馬くんの顔が近づいてくる。

「じゃあ、今回もオレの勝ちね。じゃあ、賭けてたもの貰うね!」
「ちょ、待っ、んんっ」

 静止の声は聞き入れられず、王馬くんに口を塞がれた。焦ったせいで口を閉じ忘れ、勝手に侵入してきた舌に口内を蹂躙される。

「っは、ふっ」
「あは、最原ちゃんってばエロい顔。これは次回も期待できるかな。さーて、最原ちゃんから何を貰おうかな」
「次は、負けない」
「にしし、勝てるといいね、探偵さん」

 王馬くんが僕を突き飛ばして、そばにあった窓に駆け寄る。そのまま、窓枠を蹴って外へ飛び出した。

「王馬くん!」

 窓から顔を出す。見下ろせば、グライダーを出して夜の空を飛ぶ影が見えた。
 安堵の息をついた瞬間、スマホが震えた。ポケットから取り出すと、画面には新たなメッセージが表示されていた。

『やっほー、最原ちゃん。次回の開催日は大晦日だよ! 次オレが勝てば、十連勝だよね。こんなにコンボを稼いでいるんだから、次は特別なもの賭けてよ。てわけで、次回オレが勝てば、ひめはじめね! いやー、楽しみだなー』

 手の中にあるスマホから軋む音がした。次回は、本格的に負けられない。
 勝負の日に向けて、リセットされたカウントが再び動き出す。



(作成日:2018.12.30)

< NOVELへ戻る

上弦の月